キーワード:なにもしたくない、やる気がない

何もしたくないことについての殴り書き

 

●経緯

昔は大学受験もしたし旅行やインターンや留学にも行ったので、自分からいろいろ自発的に行えていたなー

と思ってたんだが、最近はそういう自発的っぽいことをしようと思ってもめんどくさくなってやらないので、はて、昔は単にレールに乗っていた「自発」だったのかと思う

 

●現状と問題

現状:創作物に関わる仕事で、とくにノルマもなく、生活の危機に陥っていない

問題:今の現状では、

①休みの日に本当に何もしたくなくなって困る。何かしようとして迷って時間を無駄にする

②創作系補助の仕事だとインプットが減ると創作に繋がらないので困る(能力低下による食い扶持の問題)

③やりたいことリストはあるがとりかかるのがめんどく、罪悪感にかられる。

 

※じゃあ何をしてるかというと、ツイッターやネットサーフィンをして情報を目の前に流しているだけ。あと昼寝。

 

 

●考察

・虚空を2時間無になって見つめているわけではないし若干何かはしているので、「何もしたくない」とは違う?

 

・ていうか「ツイッターやネットサーフィンをしている」状態=何もしたくない悪の状態みたいに思っちゃっているが、「情報を目の前に流している」という点で「ゲームにはまっている」「ドラマを一気見している」「漫画を読んでいる」と本質的にはまったく変わらないのではないかと思う。

 

・「情報を目の前に流している」をもっと複雑したのが「掃除をする、料理をする」(体を動かす/状況判断をする)、「サッカーをする、会社で働く(体を動かす/状況判断をする/複数人とのコミュニケーションをする)」?

 

・ということは、行動の複雑さ(異なる行為の多重さ?)が無理なだけであって「何もしたくない」とは違う? 

 

・私の本当にやりたいことは「ネットとかの情報を垂れ流しにして眺めていること」で、ここを認めると①と③の問題について「そもそもの欲求を誤魔化すのはやめて楽になろう」、という解決方法になる。

 

・20年くらいは学校教育と家族という環境のなかにいて、主体的に生き方を考えなくても・考えない方が周りの思惑に沿っており生きやすかった。でもその両方が薄まっているのが今の環境で、思考パターンの変更がうまくできなくて苦しいのでは?

うーん。そうか、よく考えると学校教育と家族のセット環境から抜け出してからまだ3〜4年くらいしか経ってないな…

 

●解決方法(暫定)

・思考パターンはすぐ変わらないから今悩んでいる

・思考を変えるんではなくてやっぱ環境とか習慣とか半強制的なものに身を置いて思考を慣れさせるのが吉?

・そもそもやりたいことリストというのはイレギュラーな作業が多くてやりたいけど脳的にはやりたくないのかもしれない。