日記 私家版歌集への道③

数日前に手紙を書いたが、住所を聞いていなかったことを思い出して本人にメールで聞いたりなんかして、いまだ出せていない。

こう思うと手紙を出すというのはなかなかな工程だ。封筒と便箋を選んで、文を下書きして、字を書いて、封をして、切手の金額を調べて、切手を貼って、住所を聞いて、住所を書いて、出しに行く…。9工程もある。今回は封筒を買いに行くところから始まったから10工程だ。メールやLINEと比べると物理的に動く量が半端ない。電子データじゃない、物(ブツ)って改めてすごいなあ。

 

「歌集を読んだら〜」の音声は一回分編集できた。このあと谷川さんに確認してもらい、カットする場合は再度編集して、noteに歌を引用して、公開。しかし、あと一回分手をつけていない。次の歌集も読まないと。

 

私家版歌集データは手に入れたけどまだ開いていない。InDesignデータだからInDesignに課金するところから始めないといけないかも。

 

資金の算段はついた。というかついたと思うことにした。

 

あと羽根と根の寄稿分の短歌も作らないと。あとポケモンもやりたい。大忙しだが、1日22時〜24時半ごろまで作業するとその後3日くらいは22時には寝てしまう。不便だ。毎日鉄分サプリ飲んでるんだけど

日記 手紙

やらないといけないことが3つある。

1,手紙を書く

2,飛行機を予約する

3,ギガファイル便をダウンロードする

 

急ぎ順で言うと3,2,1である。

3はさっきできた(私家版歌集のデータダウンロード。井口さんありがとうございます)。

手紙は、本来4月に書かないといけないものが、なんとなく書けなくて約半年も経ってしまった。

一週間に一度は思い出すのに、今まで手をつけられなかった…。

これを済ませてしまわないと先に行けない。

 

ではまず2の飛行機予約をやります。

……できました。

 

次に3をやります。

……できました。

下書きと清書で2時間かかった…でも、なんかあれですね。手紙は誠心誠意書いたのですが、そういうことを仕事にしてやっていきたいなという気がしました。最近、仕事の些事をいかにやり過ごすか、なるべく波風立てず同化して、みたいな事が多くて心がすさみがちだったので、本当にこのままでいいのかなと思い直すきっかけになりました。重いか。

 

もう一通書かなきゃなことを思い出した。

寝ます。

日記 私家版歌集への道②

昨日は12時間も寝てしまった。気づいたら日記を書いてから数日経っている。

今日はとりあえずPCを机に置いて前に座れた。

 

やること

①「歌集を読んだらおしゃべりしよう」の次のデータを確認・編集する

→6月末から2ヶ月も放っといてしまった。とりあえずダウンロードした。ここで終わりそうになったが、プレミアプロにデータを突っ込んで文字起こしを開始。

一度文字起こしして見える化をすることでやる気を出す。

 

②『目を閉じて〜』のデータを得る

前作ったとき、人の力を頼ったため、データを持っている人に連絡…しようと思ったが、もう夜の12時近いのでメッセージだけ書いて明日の日中送信予定。

 

③資金の算段をつける

スキマ時間に2ヶ月で10万くらい稼げないかな?と思ってAIに聞いたりしたが、今の自分では制約も多く無理そう。軽く調べたけど、noteやLINEへの誘導がめっちゃ多い。

→家で空いた時間に副業をやりたいというニーズは多いが、詐欺っぽい案件のほうがそれを上回っている模様。たぶんタイミーとかやったほうが手っ取り早そう。

う〜ん。

 

日記 私家版歌集への道①

今、自分の第一歌集と呼べるものや頒布物がないので、2018年に出した『目を閉じて砂浜に頭から刺さりたい』という私家版歌集(30部だけ刷って文フリで売った)を売れる状態にしようかなーって、やっとこのところ思うようになってきました。

 

 

理由

・あんまり活動していない今でも短歌読んでくれる人がいる ←これが大きい

・短歌が数年でも10年でもそれ以上経っても読まれるということを身をもって体感した

・歌集を出版社から出してもらうというのが一番望ましいが、何か受賞したりしないと難しくて、もうそういうのを狙ってると人生終わりそう!内容もとうに昔のだし!となっている

・賞に出す気力のない自分をここ数年で味わった

・自費出版(ちゃんと1000部単位で出版社から出してもらう形)の費用もちょっといろいろ難しい

・100部単位くらいなら作れるし、BOOTHとかで売れそう。あと、電子版あればいいかー、てかそれが一番買いやすくないか?となっている

 

 

課題

・11月の東京文フリで、羽根と根ブースで売りたいけど(←※勝手に考えています)、旅費+印刷代となると自由に使えるお金が皆無になってしまう

→がんばる!!!

 

・というか何部が何円で作れるのか?

→100部で最安5万円くらいっぽい。カラー表紙だと〜7万くらい?

 

・私家版歌集って何ページくらいなのか?

→まあ120pでいいっぽい

 

・紙の本の流通は? 発送とかできない、、、

→

印刷会社で100部(イベント販売、余ったらBOOTHで倉庫サービス販売)
+
Amazon KDPのPOD

 

・できればISBNをつけたい。書店で売れるとはあまり思ってないが、ISBNの有無で、未来への残り方が違う。

→このサイトでなんかできそう http://bookplt.com/pricesim

 

・電子版も売りたい。具体的な方法は?

→管理がめんどくなるからAmazonとnote(PDFのみ)だけでいい気がしてきた

 

うーんできそうな気がしてきた。これが重要。

ということで続きは明日以降、、、

日記 スマホ2

前、スマホを見ないように時間制限を設けて上手くいっている、というような旨を書いたが、あれは嘘だ。

 

クリスマス・ソングが好きだ クリスマス・ソングが好きだというのは嘘だ

佐クマサトシ『標準時』

 

X、Threadsを無為に見てしまう。ついでに言うとAIにいろいろ聞いてしまう時間も追加されている。よりひどくなっている。誰かスマホを取り上げてくれ。

 

自分が好きだ 自分に興味がある グミが歯を押し返す力が好きだ

↑今井の作った短歌

 

『標準時』をまだ読んでいないけどクリスマス~の歌は頭に入っていた。影響されているかもしれない。読んでみよう。

日記 東京(2026年4月)

東京に来た。

今、お店が空くまでカフェで待っていてこれを書いている。昔だったら「せっかく旅行に来たしこのへんとりあえず歩いてみようかな~」と外に出ているところなのだが、来たことがある駅なので、「この辺ってまぁ…こんな感じの街だし…」と思ってしまいカフェに留まっている。

桜が見たくて東京に来たのもあり、ちょうど咲いているから歩いたら少しは見られて新鮮味はあるはずなのだが、「外に行った場合たぶんこんな感じなんだろうなー」という予想だけでもうお腹いっぱいになっている。

と、ここで、親や祖母が、スマホやネット回線の開通などの新しい機器の使い方に対応できなかったのは、過去に機械の使い方を習得しようとして疲れた経験があるからそれを思い出してもう疲れちゃっているならなのでは、と思う。

 

と、さらにここで、上記の考えを書いている(発散できる)ことが気持ちいいということについても考えが飛ぶ。わざわざド田舎から東京に来てチェーン店のカフェに入り書き留めるということが、桜を見ることより勝っている。

 

こうだなー、ああだなー、ということを頭に留めておくというのもまた脳のメモリの容量を食うことであって、短歌はそういったことを固めて、なんかとっておきたい石のように保存しておくことができる。時には宝石のように透明で輝いていたり、なんとなく持ち心地のいいただの石だったり。

理由のひとつだけど、この効能によって短歌を作ることをやめないのかもしれないな、と思う。

日記 土曜日

土曜日まるまる一人の時間ができたので好きな惣菜を買い、米津玄師を聴き、酒を飲み、日記を書く気になった。

 

この1年音楽を聴いている時間と精神的余裕がなくなったので、ここ数ヶ月でリリースされた曲をやっと聴く。「1991」という曲があり、生まれ年なので嬉しくなる。米津が同級生なことに感動する。歌詞がシンプルでそのままで暗いのも嬉しかった。

米津玄師はけっこう「恋している」とか「恋していた」とか、わざわざ言う。「毎日が毎日すぎる〜」とか「今後もこの日々愛せるかな…」とかも言う(意訳)ので、大変だなー、でもわかるわーと思う。

 

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この前、「歌集を読んだらおしゃべりしよう」で『これからの友情』を取り上げたのだけど、カットした部分の会話で、私があまり好きではない単語の選びや歌もけっこうあるという話があった。たとえばp.106の

 

ともばたらきの親ともだおれ 遠くから入道雲の音が聞こえる

 

とか、

 

魔法みたいな虐待だったんだ 傘もひっくり返せば水が貯められる(p.169)

 

通り魔はきみを選んだ そこにいるきみが良かった スロット777(p.172)

 

とか。

私自身がともばたらき民なので、ともばたらきの親ともだおれと書かれると「お前の母ちゃんデベソ〜」って言われたみたいでむっとしてしまった。虐待や通り魔なども、あまり短歌のために奉仕して使ってほしくはない言葉だな、と思った。

でも上から言葉どおりにとるんじゃなくて下の句も一緒に短歌としてを味わう方がいいと思うし、谷川さんが、そういったものや社会情勢の悪化や戦争などのことを短歌で歌う若い世代は増えている気がしていて、大事なことなのでは、と言っていて、確かにそうなのかもなあと思った。

ちょうど、3週間ほど前からイラン情勢が悪化していて、というかもはや戦争状態で、原油の調達が難しくなったりもっと思いもよらない生活になったらどうなるのだろうという不安な気持ちでいるのだが、テレビを見た感じや周りの人はさほどそうは考えていないようで、このことをまた思い出した。

 

うーーん、似たような、、やりとりが、、BR賞の選考会で書かれていた気も、、、

 

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引っ越してからのこの1年はいろんな人と喋っておもしろいしちゃんと仕事もしているのだが、思った以上に疲れているみたいだ。あんなに漫画を読んでいたのに、この2ヶ月くらいは思い出したらアプリで読むくらいになってしまった。

短歌をつくるのも、生活と仕事ともうひとつ頭に「作る」ということを常駐させなければいけないので、だいぶなんというか、危なくなる。運転中に考え出したり、他の用事を忘れたりして、危ない。

 

そもそも疲れやすい、貧血なのもよくない。前も書いた気がするけど、定期的に焼き肉を食べたり鉄分を毎日摂取しないと、すぐ頭痛と倦怠感モードになってしまう。

 

今日食べた惣菜はチーズと、なんか鶏もも肉を醤油と砂糖でギュってさせた肉と、山わさびソースの野菜と、生ハムと、苺で、酒はライチのとろみのあるリキュールだった。